4年前の2004年、当時4歳だった私の娘が緊急入院することがありました。
その後娘は二度の骨髄移植をうけることになり、長期の入院生活を送ることになりました。
それまで病気一つした事のない、健康そのものの娘が、まさか生死を争うような病気入院するなんて、それまで考えてもいませんでした。娘の入院をきっかけに家族はばらばらに生活することになり、それまで、当たり前だった日常生活が、実は当たり前でなく、本当はすごく尊いことであったことに、気がつかせていただけました。
妻とこども達とともに、家族がひつつ屋根の下で、健康に過ごせる。本当にそれだけでも、ありがたく感謝させていただかなくては、ならないのに、それまでの私達は不足を言ったりそれ以上のものを、求めたりしていました。
娘の入院中、本当に沢山のことを教えていただいたり、私達家族を支えてくださった、おうかんみちの先生から、ありがたい教えをいただくことができました。
「この星の上に、生きているのでなく、生かさせて頂けている、と言うことを、もっともっと心から感謝しなさい。」そう御教えくださいました。
若き日、人の一生は無限に続くような錯覚をおぼえてしまいますが、誰にでも寿命というものが存在しています。今こうして元気に過ごさせていただいていても、人の未来というものは、全くもってわからないものです。今日は元気でも、明日病気の宣告を受けるかもしれない、朝元気にでかけても一時間後に事故などに巻き込まれて、いるかもしれない。
本当に人の未来など、わからないものである事を、娘の入院によって、はじめて知ることができました。
今こうして生かされている、この幸せを心から感謝して、1日を本当に大切に生きなくてはいけない。痛切に感じています。
そして人として、本当のしあわせとは、、、、あらためて考えてみることにしました。
私自身、まだまだ経験もたりず未熟な身で、本当の幸せとはなんであるか?よくはわかりませんが、今すこしだけ感じている事は、1日1日当たり前の生活を送ることができること、朝目が覚めたとき、大切な家族が側にいて、そして1日の仕事を無事終え、帰宅した時、また、大切な家族が元気に健やかな笑顔でむかえてくれる。そして、その日1日を無事過ごせたことを、心から感謝して眠りにつく。これって、当たり前で平凡な事ですが、娘の病気入院をきっかけに、これこそ一番ありがたいことであると、いま感じています。
話は少しかわりますが、以前従兄弟の結婚式の時、牧師さんがお話してくださった言葉をふっと思い出しましたので、今日はそのことを最後にカキコしたいとおもいます。
「人は何のために生きているか、、、?」
そう聞かれて、あなたなら、どうお答えになるでしょうか?私自身その質問に対する答えはそのとき浮かびませんでした。人はなんの為に生きているのでしょうか?
そこで、牧師さんは、こうヒントをくださいました。
「人は何のために生きているのか?その人を自分に置き換えてみてください。」
「自分は何のために生きているのでしょうか?」
人それぞれに、答えはあると思いますが、私の場合、大切なものを守る為に生きている。そのお話を伺ったとき、心の中でそう感じました。
私にとって、今もっとも大切なものとは、家族が平穏に楽しく過ごす毎日です。その平穏を守る為に私は生きている、そう胸をはって答えることができます。
おかげさまで、現在娘も元気に小学校へ通わせていただいており、今日はその娘が通う体操教室の発表会があります。
家族そろって心からこの平穏を感謝させていただきながら、しっかり応援してきたいとおもいます。
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