心の話 (清水先生の日記)

 心の話 【清水先生の日記】

Ssen
  清水先生筆

人間は現在のありのままの自分の姿が、人間の本性と思っておりますが実は大きな錯覚なのです。

人間の本性とは素直で正直そして、人に対する優しさや思いやり、労わりや慈しみその人の為には、自分の生命にかえても守ってあげようと言う愛の姿が人間の本当の姿なのです。

人間はその錯覚に気づいた時、時間を超越した永遠の真理を悟ることができるのです。
 

S先生の日記Ⅰ 目次

下の目次からお読みになりたい項目をクリックしてください

1、言葉 2、日の寄進 3、心について 4、悟りについて
5 信仰とは 6、悪因縁を切る方法 7、 8、努力と因縁
9、心の高さについて 10、えー、しかし、そうですか?でもねの言葉
11、信仰を持つとなぜ救われるのか 12、憎いこころについて
13 理と現場 14、朝の挨拶 15、高い心からの言葉
16、合わせる心は水心 17、不足心 19、素直は水心
20、本音とたてまえ 21、いただきます 22、させて頂きますは奉仕の心
23、商い 24、立つより返事 25、すみませんは反省の言葉
26、言うは易し行なうは難し 27、男は月様の思い女は日様の思い
28、子供が親の言うことを聴かないのは 29、当り前が信仰です
30 神の機械 31 結婚 32 明るい家庭 33道を通る人の心得
34 心の貧しい人 35 真心は天に通ずる 36苦労 37嘘と追従

S先生の日記は、まだまだ続きます、随時更新させていただきます

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2010年1月 9日 (土)

37 嘘と追従について

言葉は心と心をつなぐ道具です。その言葉の中に、親神が注意されている事があります。それは嘘と追従(おせじ)を戒められているのであります。

なぜに嘘と追従がいけないのかと申しますと、嘘と追従の中には心がこもっていないからであります。

嘘とおせじの言葉ばかり使っていますと、どれが本当の真実なのか見分けが出来なくなり、しまいには心を見失って、人間として当たり前の事が出来なくなってしまうからであります。

嘘も追従も本心とは別のことだから、世の中にこれが万延したら神の思いと程遠くなり、人間の滅亡につながるからであります。ですから、親神が戒めておられるのであります。

でも、世の中には嘘も方便という事があります。この場合は神に適う言葉かどうかと言いますと、一口に良い悪いの区別がつけられません。

例えば、お医者さんが患者に対して、あなたは癌にかかって、あと一ヶ月くらいの寿命です…これが、医者の知識や経験から言って、正しかったとした場合に言うのは真実ですが、相手方の心情を考え真実でなく、患者に精神的苦痛を与えない様に、心配するような病気ではありません○○○ですから余り御心配はいりませんよと告げた…、嘘も方便とはこのような事だと思いますが、この場合の医者の立場で方便が正しいか否かと申しますと、厳密に親神の心からすれば、やはり嘘はいけないのだと思います。

なぜなら、神の世界に病気など無いからであり、病の元は皆、自分自身の心得違いから起こるからであります。ですから人間社会に於いてのみ、嘘も方便として許されているのだと思います。

その心の奥に思いやりの心あるからです。

ありがとうございます           昭和60年112月28日

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36 苦労

『苦労と言う字を幸福と読み…』 歌の文句にありますが、苦は楽の種であるからだと思います。これも一つの真理です。

この世の人間は、陽気世界に住まわせて頂いてるのでありますが、心一つ使い方の自由の理がわからず苦労するのです。

神の世界には苦労と言う文字はありません…、人間の世界にのみ存在するのであって、苦の娑婆、苦労、苦悩、苦しみ等、皆人間社会にのみ存在する言葉であります。

若いときの苦労は買ってでもしなさいという言葉がありますが、若いときは体力もあり勇気もあり、気力もあるから、少しくらいの苦労にへこたれない、そして苦労は身体を通して心が知るから、その苦労が身につくのです。ですから若い時の苦労は買ってでもしろと言うのだと思います。年とってからの苦労は、骨身にこたえるから、こういう言葉が残っているのだと思います。

また、苦労の中にも精神的苦労と肉体的苦労とある様です。その苦労の元は、「がと慾」の心から不足の心を補う為に、苦労と言う言葉が使われるようです。

失敗は成功の元、又、苦労は楽の種、という様に困難な事に立ち向かう勇気と、精神力をつけたいものです。

人間は苦労する事によって、心が磨かれていくのです。ですから苦労人とは、人情に通じた人のことを言うのであります。

人間は苦労しなければいけません…。苦労しなければ、人の悩み苦しみを察する事が出来ないのであります。

道を通る人は、心を磨くのですから、神慾の苦労をしなければなりません。その苦労が身について、成神出来て行くのであります。

ありがとうございます             昭和60年12月27日

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2009年12月19日 (土)

35.真心は天に通ずる (S先生の日記)

心の使い方も二通りあります。人間心と神に適う心使いであります。

ここで言う真心とは、天に適う心であります。

この心の中には我慾の心がありません…。ですから天に通じる心なのであります。天に通ズる心ですから、人間どんな心の貧しい人でも、どんな人でも通ずる物であります。

しかし、人間の心は、汚れている為、なかなか通じない時もあります。ですから、その心を繰り返し、繰り返し、実行して行きますと、何時か必ず通じます。それが、真心であります。

例えば電車の中で、お年寄りの方に 「どうぞ、お掛け下さい…」と席を譲ってあげる、相手の方は 「どうもありがとう…」この心が真心であります。

この心が相手の方に通じたから、相手の方が感謝の言葉を返して下さったのです。

この時、お金を請求したり、又、言葉で私が席を譲ってやった…等と言うようでは、真心とはいえません。

真心は天に通ずる心ですから、相手の立場を思いやる心とその行いによって、天にも人にも通じていくのであります。

こういう心味の良い人は、心が豊かな人であり、心が貧しい人は、自己中心的に物事を考え、言ったり、行ったりします。その為に何時も争い事が絶えないのであります。

賊の貧乏で苦しむより、心の貧乏の方が、立ちなおりが難しいのです。ですから心を豊かにしなければなりません。

心を豊かにする為には、何時でも何処でも、相手の立場になって考えたり、思いやる心を育てる事であります。

自分以外の人の心を喜ばせる事は、天が喜ぶ事でありますから、心を豊かに育てましょう…。

ありがとうございます            昭和60年12月27日

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2009年12月18日 (金)

34.心の貧しい人 (S先生の日記)

心の貧しい人とは、俺が我がの「が」と慾の強い人です。

従って、いつも自分を中心に物事を考えたり、行ったりします。

自分はいつも正しく、自分は何でも出来る…、あの人は駄目だ、あれは見せかけだけだ…、と言うように、何時も自分の定規で人を測る人が、心の貧しい人です。

人が楽しんでいるのに、素直に喜べず批判したり、人の楽しみをこわしたり、又、人を泣かせたり苦しめたりする人、こういう人も心の貧しい人であります。
こういう人は、親神の心の分からぬ人であります。

頭の良さと、心の豊かな人とは同じではありません。

学問があるより、心の豊かな人の方が、神の心に適うのです。無論学問は無いより、ある方が良いには決まっております。

心の貧しい人が、心が豊かになる為には、どうしたら良いかというと、頭と心の区別がつかないとなかなか難しいようですが、人の話を良く効くことも大切な要因です。

人の話の途中で、いろいろ考えず、素直に聞かして頂くと言う心が、大切であります。

人間は言葉によって、心と心をつなぐ事が非常に多いからです…。ですから、終わりまで聞く事が大切なのです。

この事が一つ出来る様になっただけでも、素直になれます。

又、小さな善意を積み重ねる事も、大切な事です。小さな親切、これも思いやりの心ですから、小川の水のように何時までも枯れる事無く、たんたんと行う事です。

その善意を相手が分からんからと言って、口に出してしまいますと、埃となります。この行いは天に通ずる心なのだと、自分自身に言い聞かせ、たんたんと積み重ねる事が大切です。

ありがとうございます。                 昭和60年12月27日

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2009年12月16日 (水)

33.道を通る人の心得 (S先生の日記)

信仰すると言う事は、親の心を学び養い、身につけることであります。しかし、親の心を養うには、親神の心、つまり元の理を学ばなければなりません。

親神は学問に無い世界の話を教えると申されております様に、思いという心の話であり、親神の心の話であります。

その教えを教理、教義として、分かり易く教えて頂くのであります。道を通る者は先ず心というものの認識が第一でありますが、人間の心と言う物は、分かっているようで、なかなか分からないものです。人間の心とは、人間が思うというこの思いが心であります。

この心が分かってから、一つ教義を学び、その理を体験して初めて心で理解できるのであります。

分かっているようで、分からんという事は、頭で理解しても、体を通して(体験)心が知らないからであります。それで、頭で分かっていることでも、体験しなければ心が知らないのが、分かっている様で、分からないと言う事であります。

道を通る人は、この事に十分注意することが大切です。

そこで、道を通る人について、先輩から次の様な事を聞いた事があります…

間違った事をして、それを注意され、怒るのは馬鹿…

正しい事をして、それは間違っていると注意されて、言い訳するのは普通の人…

正しい事をして、それは間違っていると注意されて、すみませんといって謝って通る人が道の人…

そう、お教え頂いた様に思います。

誠にその通りであります。

道を通る人は、人が人を裁くのは、我と高慢であり、人の善悪の裁きは、人がするのではなく、天が裁くからであります。

人間が作った法律は、身体を縛る事は出来ても、心まで縛る事は出来ません。

神の定めた法則には、一分一厘の狂いが無いのであります。

道を通る人は、この合わせる心、水心を養う事が大切なのでありますから、言い訳をしないで、素直に合わせて通る事を、心がけて通らせて頂きましょう。

ありがとうございます              昭和60年12月26日

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夏季研修の体験談…(管理人信の日記)

しばらくさぼってしまっていた、この日記ですが、今日は今年8月に那須本部の夏季研修において、皆様の前でお話さえていただいた、私の体験談を紹介させて頂きたいと思います。

体験談は以前、分教会でもさせていただいたのですが、こんかいの那須本部での体験談は、娘の二度目の骨髄移植から三年目を迎えた節目ということで、たくさんの方の前でお話させていただく事が出来ました。

昨年、娘の事や、そのほか沢山のことでお世話になっている、先生より本部で体験談を勤めさせていただく事で、娘さんの病気に終止符をふてる節目になるから…そうお教えいただきました。

ただ、昨年はまだ時期尚早ということで、那須本部ではなく、分教会で勤めさせていただくことができました。正直、分教会で勤めさせていただきほっとしていた所、会長さんより今年本部でとお話いただき、とても緊張いたしました。

ただ、私どもの体験をお話することで、沢山の方の心が明るくなっていただければ、苦しみの中から、明るい小さな光が見えてくれれば…そう思い、出来ないながら勤めさせていただきました。

少し長くなりますが、ここでその内容を紹介させて頂きたいと思います。

 

club 

本日は、長女の身上を通じて、私達家族が親神様より学ばせて頂いた、大切な体験をお話させて頂きます。

今から5年前、当時4歳だった長女が白血病と診断されました…

過去に同じ病気で友人を亡くした私は、その病名を聞かされた時、あまりのショックに呆然といたしました

 

緊急入院となった大学病院で、幼稚園の制服姿のまま、腕に点滴をつけられ、

「いったい自分に何が起きたのか」と、不安そうにしている娘を見たとき、私はただただ悲しく、娘を抱きしめながら、親神様どうか、この子をお救いください…何度もお願いし続けました、

 

ただその後、医師より、現在は医学の進歩から、小児白血病の7割の子は一年間の抗がん剤治療によって治ることを聞かされ、少しだけほっとしたのですが、とにかく親神様に御守護を頂きたい、長女を身上から救っていただきたいと、私は自宅の神様と、集会所をお許しいただいている母のもとへ通い、親神様に願わせて頂いておりました。

そのころ母から、所属の分教会や、東京出張所へも運ばせていただいて、お伺いを立てていただきなさい、何度もそう言われておりましたが、当時の私は人が沢山集まる神館よりも、根株様の多摩墓地で静かに祈らせて頂く方がいいからと、母の助言をまったく聞き入れませんでした

 

今、振り返ると、私は生まれてすぐに甘露水を頂き、親神様にも毎日自宅の神様に手を合わせているから、絶対に大丈夫なんだ…、今までにも、いろいろなご守護を頂いていたし、私たち家族は特別だから平気なんだ、そんな高慢な心を持っておりました…。

 

しかし、そんな心では娘は救っては頂けない、そう教えられるように数日後医師から辛い知らせを宣告されてしまいました。

 

それは娘の病気のタイプが、白血病の中で最も治りにくい、染色体に異常をもったph1陽性という恐ろしいタイプであったという知らせでした。

このタイプの場合、普通の治療では、治ってもほとんどが再発してしまい、治癒を目指すには、骨髄移植を受けなければならない、ということでした。

骨髄移植という治療がどういうものか、恥ずかしながらそれまで私はまったく知らず、医師から治療の内容を伺うと、娘の体に通常の治療以上の大量の抗がん剤を流し入れたのち、放射線を全身にあてることによって、自分で血液を作れない無の状態までにした後、ドナーさんからの骨髄を点滴で流しいれるということでした…

 

また、担当の医師は今までに三人のお子さんの治療に当られたそうなのですが、残念ながら、三人すべてのお子さんが亡くなられてしまったという、本当に辛い知らせを聞かされました…

 

そのお話を聞いた後、病室で娘の姿を見たとき、私も妻も涙を抑えるのに必死でした。まだ4歳の長女も私たちが別室で医師より説明を受けている間、そうとう不安だったようでした、それでも心配な様子を私たちに見せまいと、笑顔で座っている娘を見たとき、愛おしくてたまらず、私は娘を抱きしめて、「こんなに思いやりのある優しい子なんです、親神様、どうかこの子をお救い下さい…」そう真剣に願わせていただきました。

その日をきっかけに私は、母の助言を聞き、久しぶりに東京出張所へ運ばせていただきました…。

 

その日は、用木成神祭の日でした、久しぶりに教主様のお姿を拝見したとき、涙が止まらずに出てしまいました。離れた場所にいながら、北の間で静かに名号を唱えている教主様のおひざの上にすがって、大声で泣いている、私はそんな不思議な気持ちになりながら、名号を唱えておりました…。

 

同時に、自分勝手な高慢な心得違いから、こうして神館へ運ぶことに遠のいていた事を、深く反省させられました。

それから数日後、娘を母に任せて、今度は妻と共に再び東京出張所へ、お伺いをして頂くために運ばせて頂きました。

 

お伺いの間では、担当の先生を通して、はじめに親神様から、心の持ちようなど、やさしく御教えをいただきました。

 

すべて通らねばならぬ道、暖かくおさとしいただき、そののち、娘の病の根元、私と妻の前生因縁をお伺いによって、お教えいただきました。

前生、私と妻は共に夫婦で沢山の人をつかって仕事をしていましたが、心が冷たく我が子のみ溺愛していたそうでした。疫病がはやり、たくさんの子供達が命を落としていく中、病気をして働けなくなり、私ども夫婦に助けを求めて、すがってくる方々を心無く突き放し、追い払う為に人までやとっていたそうでした、結果その方たちの子供達は、なすすべもなく命を落としていかれたそうです。

こうして自分も子供の命の危険に直面して、初めてその方たちの気持ちがわかり、心から反省いたしました。その後、先生からその前生因縁のお詫びをしっかりするよう御教えいただきました。

 

思い返すと前生のみならず、今生も心汚して、冷血に生きている所があり、反省する事ばかり。前生因縁を深くお詫びして、今生は決して心汚さず、生きていこうと妻とともに深く反省しながら、母と娘の待つ病院へ戻りました。

また親神様はリンパ性白血病という病の元は、冷たい心が原因なので、潤いと優しさを忘れることなく、暖かい心でにちにち通るよう、お教え頂きました。

それから私と妻は、ともに前生の罪をお詫びさせていただきながら、同時に娘の骨髄移植の準備など進めさせていただいておりました。当初の検査結果は、私の骨髄を使えるということだったので、私自身毎日、集会所の神前で胸すましをさせていただいておりました。娘にも、パパが中に入って行って悪い病気をやっつけてあげるからね、そう毎日話しておりました。

所がある日、私の血液から、B型肝炎の抗体が見つかったという知らせを受けてしまいました。見つかったといっても、遠い昔にかかった形跡があり、その闘った後があるということでしたが、移植の際、娘にとって一歩間違えると命取りになる可能性があること、また、細かくは二座不一致と少しズレがあり、娘の別の臓器などを、攻撃してしまう恐れもあることも含めて、ドナーとしてはふさわしくないということを医師より告げられ、急遽骨髄バンクを通じてドナーさんを探すことになりました。

振り返るとその時ほど、愕然としたことはありませんでした。小さな希望の光が見えてもすぐにその光は断ち切られ、暗闇に家族で引き摺り下ろされてしまう、そんな心境でした…

 

その時妻から、「自分の骨髄で治してあげる、その考え方が高い心だったのかもね…、」そう言われ、それを期に私は、もうあがくのはやめて、親神様にお任せして通らせていただこう、そう思わせていただきました。

抗がん剤によってすっかり髪の毛の抜けおちた娘にも、

「お父さんでなく、別の優しい人が、祐ちゃんを助けてくれるからね…」

そう言い聞かせながら、それから私たちは、骨髄提供をしてくださるドナーさんが現れてくれることを毎日、親神様にお願いしながら待ち続けました…

その後、前生のさんげを終え、私と妻は再び出張所に運ばせていただきました、

そこで親神様より、「道はつけてあるから、案ずることなく、そなた達は潤いの心を忘れることなく、しっかり心低く通るよう」そうおさとしを頂きました。

そのお言葉をいただいた同じ日に、医師より、ドナーさんが決まりましたよ、という本当に嬉しい知らせを聞かされました。またドナーさんは本当に優しい方で、早急に移植を受けなければならない、私たちの勝手な都合にも、心よく応じて下さるとのことでした…

 

私たちは、親神様のご守護を頂き、「あぁ、ありがたい…これで娘は救われる」そう思わせていただきました。

その後、親神様のお導きによって、本当に不思議なくらい順調に移植の日を向かえることが出来ました。移植当日、クリーンルームに届けられた、ドナーさんの愛情と優しさのこもった真っ赤な骨髄を見せて頂いたとき、私も妻も、うれしくて涙が止まりませんでした…

 

これで、もう娘の体に強い抗がん剤を流さなくてすむんだ…、ドナーさんの暖かい骨髄によって、今度は、薬によってぼろぼろに傷つけられてきた、小さな体をきれいに治してもらえるんだ…そう思うと、本当にうれしくてたまりませんでした。

「祐ちゃんを助けてくれるために、やさしいお姉さんが、すごく痛い思いをして、こんなに沢山の命の血をくれたんだよ…」移植の最中、娘に私はそう話しました、それを聞いた小さな娘は、自分も頑張るんだ、病気をやっつけるんだ…そう思ったのか、口内炎などの辛さにも耐え、頑張ってとても苦い薬もしっかり飲んだりと、辛い一カ月間の移植を乗り越えてくれました…

 

そしてお陰様で無事移植は成功…

それから2ヶ月後、178月、娘は無事元気に、退院を迎えることが出来ました。

退院の日、医師から、バンクのドナーさん、もしかしたら身内ではないかというくらい拒絶反応が少ない順調な移植でしたよ、そう教えられました。あらためて、親神様のご守護のありがたさを思い知らされました。

 

しかし、私達夫婦は娘が退院したのち数ヶ月で親神様からあれだけ言われていた、潤いの心、感謝の心を忘れてしまいました。私は些細なことに腹を立てて子供に怒鳴り散らしてしまったり、妻も部屋の中で大声で走り回る子供達にいら立ち、腹立ちを抑えられなくなってしまったり…、入院中家族がバラバラになっていたころ、夢にまで見た、一つ屋根の下で家族が共に暮らせるというありがたさ…その大切なことを忘れてしまっておりました。

 

その後、181月、娘の白血病が再発…、

その地獄のような知らせを受けた日のことを今でも忘れられません…

娘に、「また入院する事になってしまったんだよ、」そう話したところ、娘は大声で泣き崩れてしまいました。私も妻も悲しくて涙が止まりませんでした。

あんなに頑張って、骨髄移植を乗り越えたこの子に、再び辛い治療を受けさせなければならない…、私は娘を抱きながら、胸が締め付けられる思いで、本当に辛くてたまりませんでした。

最初は大声で泣き崩れていた娘ですが、その後静かに、弟達とテレビを見ていました、でも、時折私達に気づかれないように、遠くを見ては涙を拭いていました。

また、娘は、心配している私たちに、「また、帰ってくるから、帰ってきたらいっしょにあそぼ…」そんな手紙を辛い中、一生懸命に書いて、こっそり神様の前にのせていました…。私と妻はその手紙を見たとき、涙がとまりませんでした…。

正直その時は、「道はつけてある」そうおっしゃって下さった、親神様のことも信頼できなくなっておりました。

生まれてからずっと手を合わせ続けて来た、親神様は何だったんだろう?本当にいらっしゃるんだろうか?そんな投げやりな気持ちになっていました。

翌朝、再入院のため大学病院へ到着、はじめは我慢して笑顔だった娘も、再び腕に点滴をつけられる事を知ると、悲しくなってしまい…処置室の中、大声で泣き叫んでいました…

その後、再発した病気の影響から、娘は高熱を出してしまい、さらに血圧も170以上と子供としてはとても危険な状態に陥ってしまいました。

幸いその日は、担当の医師と看護婦さんの適切な処置によって、娘の高熱も高い血圧も、無事下がってくれましたが、リスクの高い二度目の移植という事に加え、再発によって今までの抗がん剤を覚えてしまい、病気の細胞も強く変わってしまっている事から、それから先、今まで以上に不安になるような事が、本当に沢山続きました。

そんな暗い気持ちの中、私と妻は親神様にお伺いするため、東京出張所へ運ばせていだきました…、そこで親神様から「感謝が足りない」そう厳しいお言葉を告げられ…同時に先生から、なぜ川口西分教会へ運んでいなかったのですか?娘さんの病名、リンパ性白血病のリンパは生命の流れ、その大切な道の流れを切ってはいけませんよ、あなたは川口西分教会という道からつながっているのですよ…そうお叱りのお言葉もいただいてしまいました。

 

私はその時、恥ずかしながら、今までにあれだけ大きなご守護を頂きながら、川口西分教会の会長さんはじめ、信徒のみなさんに何一つ報告をしていなかったことに気がつきました。そして、子供のころから可愛がってくださっていた、出直しされた向山むら先生に対しても、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました…。

それから私は、恥ずかしながら数年ぶりに、親教会の川口西分教会へ運ばせて頂きました。

 

分教会では、娘の病気のことを知り、会長さんはじめ、心配して下さった沢山のみなさんが、本当に暖かく、三日間にわたって、心のこもった願い勤めをして下さいました。

 

そのときは本当にありがたく、皆様の暖かく優しい心を背中に感じて、うれしくて、うれしくて、涙が止まりませんでした…。

 

またそこで、会長さんの奥様の台を通じて親神様より、私の刃物のような口についてのおさとしをいただきました…、「言葉を言の刃にしてはいけません、」

一度目の移植の際、潤いと優しさの心を持つと約束したにも関わらず、私はその後も、人に対して恐ろしい刃物のようの言葉を、発し続けていたことに、改めて気付かされました。

そして、今回は私の骨髄で再移植をすると聞いた、ある先生から、「お父さん、こちらにいらっしゃい、」やさしくそう仰って頂き、神前の横でおさずけをして頂きました。

 

今まで、心離れていた私のような者を、分教会のみなさんは、本当に暖かくやさしく包んで下さり、改めて私は道の流れのありがたさに感謝させて頂きました。

お陰様でその後まもなく、娘は神奈川県立こども医療センターという、小児移植でも有名な、最新の医療設備が整った病院へ、奇跡的に転院することができました…。

 

再移植予定だった前回移植した病院から、現在小児移植の順番がとても込み合っているからと断られてしまい、転院先も決まらず真っ暗闇をさまよい歩いていた私たちに、小さな一筋の光が射し込んで来てくれた…、これから娘が移植をさせていただく、その病院を見ながら、私は心から親神様に感謝させていただきました。

その後も、私達は何としても娘を救いたいと、何度もお伺いへ運ばせて頂きました。

 

そこで親神様から、私と妻、それに私達の先祖にまつわる因縁についても、次々とお教え頂きました。その中に、前生、私が娘と親子だった一代があり、出世の目的で、この子を捨ててしまったことがあるから、しっかりその事をお詫びをして、今生は絶対に何があっても捨てずに、この子を守り通すことを約束するよう、お教えいただきました…

 

振り返ると、娘はまだ赤ちゃんの頃から、夜中に私がそばに居ることを足で確認していたり、いろいろ思い当たることがありました。

また、二度目の移植では、親神様から大丈夫という、安心できるお言葉を頂くことは出来ませんでした…。

 

そんな中、私達は何度も何度も、我が子の死という恐怖に怯えさせられるような、医師からの知らせを聞かされ、生きた心地が致しませんでした。

 

そんな時、妻が私に、「今回は、親神様から大丈夫というお言葉は頂けないけれど、私達にとってはそれで良いのかもしれないね…、でないと私達はまたすぐ高い心になってしまうからね…」そんな事を話していました。私もそれを聞いて、不安ながらも、そう思わせて頂きました。

また親神様は、「娘の身上、救うも、救わぬも、そなた達、親の心次第…、前々から伝えている、潤いと優しさの心も、上辺だけでなく、その奥深くまで、すべてが暖かくなければいけません…、そしてこうして生かされている事を心から感謝するように…そうおさとし頂きました。

 

私達が親神様の御心にどれだけ近づけるか、お仕込みを頂いている、出来ないながら私は、この日々を感謝して通らせて頂こう、妻と共にそう思わせて頂きながら、それから数ヶ月、不安だらけの道中を必死に通らせて頂いておりました。

そして、移植を間際にしたある日、月日親神様から、「この親を信じて、そなた達よ、神の太綱を放して下さるな…、」そんな力強く、暖かいお言葉をいただきました…。

 

そのお言葉を頂いた時、私と妻は、親神様がつけて下さった、私たちが通る道は、前回の移植で終わりではなく、こうして二度目の移植という続きがあった…、だから、決して希望をすてることなく、親神様の教えを今度こそはしっかりと、この胸に修めながら、この果たしの道中を頑張って通りぬけよう…、そう心定めをさせて頂きました。

心からそう思わせて頂いてからでした…、今まで起こっていた不安な出来事が、不思議なくらい次々と解決して、お陰様で娘は、遺伝子レベルでも、カンカイ状態という悪い細胞が限りなくゼロに近い、良い状態にまで、たどりついてくれました。

そして、平成186月、今度は父である私の骨髄を使って、二度目の移植を迎えることができました。

移植当日、麻酔から覚めた私の元へ、骨髄の袋をぶら下げた娘がうれしそうに姿を見せたときの光景が、いまでも頭に焼きついております…

娘から照れくさそうに、「パパ、血をくれてありがと…」そう言われた時は、本当にうれしくてたまりませんでした…、また私自信が移植のドナーを経験させて頂き、以前ドナーさんが味わった気持ちも身をもって知ることができました。

 

骨髄採取をした骨盤の痛みも知ることができ、改めてドナーさんに対して、心から感謝をさせていただくと同時に、その暖かい恩を生涯忘れず、今度こそは絶対に娘を守り抜こう…そう心に誓わせて頂きました。

また、私の骨髄を使うことについて、前にふれましたが、B型肝炎の抗体のことや、ミスマッチによる不安もあしましたが、親神様より、尊いおさづけの理について、おさとしを頂きましたので、私は移植を間近に控え、私の骨髄が娘の病気のみ攻撃して、他の臓器を傷つけないよう…、そして娘の体に無事になじんでくれるよう、集会所長である母にお願いして移植の数日前より、毎日おさずけを授けさせて頂いておりました。

そして移植から一カ月、娘にとって再び辛い日々が続きましたが、お陰様で二度目の移植は無事に成功、やはり途中で拒絶反応による湿疹など全身に強く出ましたが、娘は小さな体で頑張って二度目の移植を乗り越えてくれました。

 

そしてその年の10月、娘は無事に退院を迎えました…

退院後、定期的に骨盤から太い針で骨髄を抜いて調べるマルクという、娘にとって、とても辛い検査が何度もありました。

 

そして二度目の移植から3年目の、平成216月、娘にとって最後のマルク検査がありました…。お陰様で遺伝子の小さなレベルにおいても、病気の再発は見られませんでした…。担当の医師からも、娘は「本当によく頑張ったね…」そう、やさしくほめて頂き、お陰様で現在娘は、元気いっぱいに小学校へ通わせて頂いております。

ドナーさんのやさしい心…、たくさんの方々に頂いた強い祈り…、そして、親神様のあざやかな御守護に守られ、毎日、笑ったり泣いたり…、時々移植の影響で出ている皮膚のことを、他の子に白い目で見られ、泣かされてしまうこともありますが、それでも娘はたくましく元気いっぱいに笑顔で頑張っています。

 

そんな娘の楽しそうな姿を見るたびに、心からありがたく感謝させていただいております。改めてお世話になった沢山の皆さま、本当にありがとうございました…

そして教主様には、一昨年ここ那須本部での七五三のおり、たった一人の参拝者だった娘に、暖かくお祓いをしていただけましたこと、心から感謝しております…

お陰様で、娘は現在とても健康に生活しております。

本当にありがとうございました。

また、こうして私に、本部夏季研修会での体験談発表という機会をお与えくださいました、川口西分教会の会長さんには、改めて心から感謝しております。

またこれからも、出来ないながら勤めさせて頂きますので、御指導のほど、どうぞ よろしくお願いいたします。

これで、私の体験談を終わらせて頂きます、ありがとうございました…。

club

とても長くなってしまいましたが、これが当日読ませていただいた、体験談です。

原稿がなかなか出来上がらず、めちゃめちゃな状態の原稿を夏季研修の前日、川口西分教会でお世話になっている先生に助けていただき、ぶじこうして仕上げさせていただく事が出来ました。

原稿を綺麗に作り変える作業を、夜、那須本部の神前の前で一人でさせていただいた事が今でも思い出されます。

また、体験談を無事終えた事で、ほっとして油断していた私達夫婦に、親神様は夏季研修のおりお世話になった先生を通じて、大切なことを改めてお教え下さいました。

それは、節目についてのことですが、私達は体験談を勤めさせていただいた事で、娘の病気との闘いに終わりを告げる節目になったと、勝手に喜んでおりました。

たしかに一つの節目ではありましたが、節目の本当の意味を分かっていませんでした…

節目からは新しい芽がでて、それが大きく育っていく…

その節目からでた、新しい芽を美しい芽にするか、それとも真っ黒い芽にするか…それは私達の心しだい…先生はそのような大切な事を、お手紙を通じてお教えくださいました。

そして、夏季研修当日、那須本部の神前で、本当の意味で上辺だけでなく、深い潤いの心を持って生きるという誓いは、親神様とそして、たくさんの、おうかんみちの方々の前で誓ったことである…そう気がつかせていただく事が出来ました。…

振り返ると、大変な誓いを立ててしまったのだ…そう思いました…

出来ないながらも、頑張らねば…こうして日記を書かせていただきながら思っております。

あらてめて、お世話になった、先生、皆様、本当にありがとうございました…

また、最後までこの長い日記を読んで下さった方、お疲れ様でした、そして、ありがとうございました…

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